ユースマニュアル3

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「壁の街」の歴史、スタンレー・キング
この作業は子供たちと共に始まりました。1960年代半ばにモントリオールで建築家として働いていたとき、私は自分の仕事が計らずして若者たちを疎外していたことに気がつきました。彼らは私を取り囲み、怒りに燃えた顔を向けました。その中には私の息子もいて、こう叫びました。「ブルドーザーが僕たちの遊び場を壊しているよ。そんなことが許されているの?どんな決まりがあるの?」彼らの遊び場は、大人の目にはただの空き地でした。しかし、そこには木の上に自分たちの基地もあり、彼らにとっては自然の一角に作った自分たちの領域だったのです。」

「コ・デザイン(訳注:一緒にデザインする):デザイン参加の過程」(スタンレー・キング他、Van Nostrand Reinhold(ヴァン・ノストランド・ラインホールド) 社、ニューヨーク 1989)

後に、私はこれが発展する郊外の場面ではありふれた出来事であることを知りました。彼らの怒りを鎮めようとして、私はデザイナーが未来の都市を計画した素敵なアイディアをまとめてみました。生徒たちはこれを敵意と共に却下しました。

イギリスのコリン・ワードは、私の経験をこう書いています。「スタンレー・キングはイギリスの建築家である。1950年代にカナダに移住し、教育委員会のプログラムの一環として生徒たちに都市環境への興味を喚起させる試みを行った。彼は訪れた教室での生徒たちの反応に愕然とした。「教室の雰囲気は不安と敵意と陰鬱さに満ちていました。つまり、生徒たちは口を利かなかったのです。もちろん、話を聞いてもいませんでした。」何か言ったり話を聞いたりするときには、 彼らの言動には無感動と恐れが 混じっていた。無感動は、「街は戦うには相手として大きすぎる」から。恐れは、彼らにとって街とは「そこに住む人々の上に忍び寄る邪悪な存在」だったからだ。このような防御的な状態を理解してくださる教師たちは多いだろう。

「ストリートワーク」(コリン・ワード、アンソニー・ファイソン共著、ルートレッジ・アンド・キーガン・ポール社、「都会と田舎の計画委員会」ロンドン、1973)

「このアイディアが好きじゃないなら、」と私は尋ねました。「どんな街に住みたいですか?」そして、出てきて教室の前に貼った紙に自分のアイディアを描くように頼みました。こうして若者たちが「壁の街」プログラムを始めたのです。美術の教師である妻のマーガレット、そして当時小学生だった私たちの子供たちの助けを得て、私は教え方を準備し始めました。

教師たちと校長の助けを得て、さらにCMHC(Canada Mortgage and Housing Corporation カナダ不動産抵当および住宅会社)奨励基金からの補助金も得られたので、私はバンクーバー市およびBC州全体の多くの小さな町やカナダ全体の都市や町の多くの学校で生徒たちと話し合いをしました。「壁の街」プログラムは、これらの数多くの話し合いの結果であり、また、私の建築学修士号のための論文「若者たちに建築の社会的な在り方を導入する」のための研究の結果でもあります。この論文は、1968年から70年にかけて、ブリティッシュ・コロンビア大学の建築学部と教育学部における学際的な研究の間に作成しました。

教育者たちからは熱意のある反応がありました。サイモン・フレーザー大学とビクトリア大学からは、この方法を教育者たちに教えるために招かれました。教師たちは独自の工夫を加えてこの方法を使い、教育の様々な側面で活用しました。

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第2章 世代を超えて年長者(専門家)から学ぶ

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ケース・スタディー:再生産可能なデザイン・アイディア・フェア。プリンス・オブ・ウェールズ・セカンダリー・スクール、バンクーバー市、2009年4月2日

「生徒の声」
「お集まり頂いた皆様の中には、今夜の集まりの目的が全く理解しかねると思っておいでの方もいらっしゃることでしょう。学校が深刻な資金不足で苦しんでいるときに、なぜアイディア・フェアなど開催するのでしょうか。馬鹿げているのではないでしょうか。しかし、バンクーバー教育委員会は、北米で最も持続可能な学校地区となることを目指しています。どこかで行動を始めなければ目標に至ることはありません。ですから、私たちは今ここから始めるのです。」

「持続可能なデザイン・アイディア・フェア」の開会の言葉。プリンス・オブ・ウェールズ・セカンダリー・スクールの生物学科生徒、キーラン・リー。(2009年4月2日。)

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共同作業
1、スタンレー・キング氏の希望は、「壁の街」プログラムを課題として使うことによって都市計画の過程に若者の参加を図ることでした。「壁の街」プログラムは、200を越える計画の場において子供たちの参加のために使われました。その中には、以下のような大規模な都市プロジェクトが含まれます:バンクーバー市のロブソン広場、グランビル・アイランド、フォールス・クリーク南部と南東部、ヘイスティングス公園(PNE)、ビクトリア市のジェームズ湾、カルガリー市のオリンピック・プラザ、メモリアル通り、都市部の公園、州立公園、国立公園、およびアルバータ州とブリティッシュ・コロンビア州各地の都市および小さな町。プログラムの過程はカナダ映画庁によって作成された映画に記録されています。「チェアズ・フォー・ラバーズ(恋人たちの椅子)」(1973)キング氏は、年長の生徒たちがプログラムを実行するためのエクササイズで、当校の生徒たちに直接トレーニングを施しました。

2、グリーン・ブリックス教育協会のダイアナ・クライン氏並びにフィオナ・ザワツキー氏の希望は、若者たちに持続可能なデザインの趣旨を教えることでした。また、彼らがひるがえって自分たちの両親に持続性を提示してくれることも望んでいました。両氏は持続性に関するテンポが速くて学ぶところの多いワークショップを開き、当校の生徒たちに持続可能なデザインの趣旨について教えました。彼らは資金をやり繰りし、フェアには来賓として市の関係者も手配してくれました。

3、当校の教師であるスーザン・エン・チャンは、年長者(あるいはその道の専門家)から何かを教わるというシステムによって生徒たちが学習に積極的に参加するようになるということに気がつきました。チャンがコーディネートした「持続可能なデザイン・アイディア・フェア」は、生徒たちがエコロジー的な暮らしについて考えるようにすることを目的としています。教科書を超えたエコロジーを教えることを望んだチャンは、生徒たちに自分の一日の暮らしと活動を振り返って、それが地域と地球のエコロジーにどんな影響を与えているかを観察するように促しました。

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左上から時計回りに
   生徒たちに教えるダイアナ・クライン
   スーザン・エン・チャンとスタンレー・キング
   持続可能な学校のデザイン、細部

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世代を超えて年長者(専門家)から学ぶ
地域社会の年長者(専門家)から、年長の生徒たちへ、そして年少の生徒たちへ。
すべての生徒たちが自分たちのアイディアを伝える:保護者、地域社会、世界へ。
伝えるのは、それはあなたです。

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必要なもの
「ユース・マニュアル」の第1章「壁の街」エクササイズ
年長の生徒たちのグループ(だいたい14歳かそれ以上)
年少の生徒たちのグループ(8歳から13歳くらい)
訪問して研究できる地元の持続可能な場所
(例:有機農場、屋根や壁に植生のある建物、LEED(Leadership in Energy and Environmental Designエネルギーと環境デザインにおけるリーダーシップ )に認定された建物、エネルギー効率の高い太陽熱発電による場所、開拓者の暮らしを見せる歴史村、産業化前の時代の原住民の暮らしを展示する博物館。)

地域の年長者(専門家)の例

*原住民の長老や語り部は、産業化前の持続可能な暮らしについて語ってくれます。
*持続可能なスペースをデザインする建築家、エンジニア、都市計画者、 造園技師
*有機農法を採用している園芸家や農家
*伝統的な保存食の作り方に詳しい高齢者(瓶詰め、漬物など)

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*効果と結果
*教科を超えた繋がり
*芸術、デザイン、生物学、地理学、基礎的な科学

年長者(専門家)から学ぶ
年少の生徒たちは年長の生徒たちから世話をしてもらい、注意を払ってもらう。年長の生徒たちはリーダーシップの経験をする。

計画に若者が参加する

変化を作り出す「誰か」の代表者に会うことで、生徒たちが感じる社会からの疎外感を減らす。

結果
変化をもたらす者としての若者
生徒たちは、自分たちの周りの作られた環境は変化しうるものであり、自分たちがその変化をもたらす者であることを理解する。

アイディア・フェアの後で、プリンス・オブ・ウェールズ・セカンダリー・スクールの生徒たちは、官僚的な障害を粘り強く乗り越え、すべてのデザインの中でも顕著だった学校菜園というアイディアを実現しました。プリンス・オブ・ウェールズ・セカンダリー・スクールは、2009年度の「グリーン・ブリックス学生の挑戦」賞を獲得しました。

(写真)BC州大学の持続可能な建物であるCKチョイ・ビルを訪問する生徒たち。
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by ammolitering7 | 2013-01-22 12:33 | 「ユースマニュアル」


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