学生ワークショップ2(リバービューの続きです)

学生たちがわらわらと出てきてアイディアを紙に貼ります。
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どことなくブツブツした感じで気持ち悪いですね。これは、、、そう、壁にたくさんの蛾が張り付いている様子を思わせます。しかしこの際、私の個人的な趣味はあまり重要ではありません。もしかしたら全然まったくどうでもいいのかもしれません。係の人は一向に気にしない様子でアイディアの内容を分類し、学生たちにテーマごとに分かれるように指示しました。なお、このプロセスは本物のワークショップでは書記がリアルタイムでアイディアを分析して分類していきますが、今回はあらかじめ7つのテーマを決めていたので、こうやって紙にアイディアを書いていくプロセスは実際にはかなり無意味でした。

テーマが7つだったのはアーティストが7人しかいなかったからです。それぞれのテーマごとに9~11人くらいのグループができました。私が書記をつとめたグループは9人です。これはほんとは4人くらいに絞ったほうがいいのですが、アーティストが足りないので仕方ありません。ほんとは私もこのワークショップのアーティストとして働けるようになりたいなあと思っているのです。しかしそう思うだけでじっとして何もしないでいたら絵は上達しません。下手くそでもいいから何か描き始めることにしましょう。

私のグループのテーマは「居住」でした。予定地は広大な場所なので、何らかの居住施設が建てられることになると考えられています。患者とその家族のための施設になるのかどうかは分かりませんが、今回はこの病院との接点を持たないいわゆる部外者ばかりのワークショップだったため、たくさん出てきたアイディアの中には病院と関係するようなものは何一つありませんでした。また、都市計画を学ぶ学生ばかりということで皆さんとても積極的に参加してはいましたが、対象であるリバービュー精神病院への個人的な感情が欠けていたからか、全体的な雰囲気は冷静そのものでした。「居住」というテーマで出てきたアイディアはこれといって特徴のあるものは何もなかったのですが、収入や年齢や人種など様々に異なる人たちが共存する、地産地消型の経済と雇用、車にあまり依存しない暮らし方、などが共通する要素であるように見えました。
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イラストが出来上がったら展示してアイディアを評価します。
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「よい、まあまあ、わるい」ならぬ「実現しよう!、もっと工夫しよう、他のところに向いている」という評価表。あくまでそれぞれの意見を尊重するという姿勢に頭が下がります。私だったら「却下!退場!」の一言で済ませて事態を紛糾させそうです。

なお、カナダ人たちがそれぞれの欄に非常に分かりにくく傍線やチェックなどで投票しているのを集計して数字にするのも書記の仕事です。時間の配分を見たり、アーティストの手が回らない人たちの意見を聞いておいたりすることもします。
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私たちのグループの絵。絵はいつも中心となる人物、つまり「そこにいる自分自身」から始まります。そこに自分がいる、何をしているか、周りに何があるか、誰がいるか、その人たちは何をしているか、どこらへんにいるか、、、など、夢の話を絵にするようにして描いていきます。この技術はすごいものだと思うのです。「誰かに自分の話を聞いてもらった」という実感をこれほど強く抱けるものも他にあまりないのではないでしょうか。
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他の絵もいくつかご紹介します。
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ワークショップのあとで学生さんから感想を聞いてみました。とても良いワークショップだった、これまでに見た他の公聴会とは全く違う、市民を対象とした本物のワークショップにもぜひ参加したい、という声が聞けたのでよかったです。

翌日、ある年配の地元の人にワークショップに出た話をしました。これです、と言って資料を見せたら、彼は「リバービュー!?」と言って顔をしかめました。この病院はバンクーバー地域にありますが、中心地からはかなり郊外に離れた隣町の隣町です。お会いしたおじいさんはバンクーバーの中心地にお住まいなので、リバービューに家族がいたことがあるなどの個人的な関わりはないのかもしれません。精神病院というと今では差別用語のような扱いであるようですが、その背景には一般市民の間のこうした抵抗感があるのだろうと想像します。

リバービューの地元では、古くからの大きな施設なので、家族に患者がいようがいまいが、少なくとも中年以上の人にとってはこれは慣れ親しんだ大切な施設です。患者や家族や職員を中心として、学校や郵便局や駅もあって共同体として機能していたし、美しい自然に溢れた敷地は地元民の公園としても親しまれていました。それでもやっぱりちょっと離れると遠くて不気味な存在なのかもしれません。隔離収容をやめようという動きも、こんな背景から出てきたのかもしれないな、と思いました。難しいものです。
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by ammolitering7 | 2015-08-03 02:02 | ワークショップ


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