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2009年4月ワークショップのレポート2

3-6.サイトウォーク(現地視察)

タイムラインで出された様々なアイディアは、係りの人によって大きく5つに分類されました。「一人でする活動」、「みんなでする活動」、「教育や学習関係の活動」、「移動や通行に関する活動」、「特別なイベント」です。さらに、それぞれに一人のアーティストと補助係が付き、参加者は自分の興味関心に従っていずれかを選びました。このとき、このテーマには何人、というような枠はありませんでした。それでもそれほど極端な人数差もなく、大体6-8人ずつで落ち着いたようでした。

それから中庭に出て、グループごとに見てまわりました。カジュアルな雰囲気の中でさらにアイディアを出し合い、係りの人がそれを残さず書き留めました。手早くスケッチをしているアーティストもいました。しばらくすると昼食のピザが届き、皆で頬張りながら寛いだ雰囲気の視察が続きました。

なお、ワークショップの参加者は、私を含めた少数の無関係者を除いて、皆問題の中庭に多少関わりのある人たちだろうと思います。タイムラインでアイディアを出すという段階の前に視察をしなかったのは、そのためだろうと想像します。そう仮定すると、すでに荒れた様子を見知っている中庭についてまず理想像を描いてから改めて現地を視察するのは、見方を肯定的に保つためにも有効であるだろうと思いました。


3-7.チャック・スミスさん

私が選んだのは「一人でする活動」でした。担当アーティストは進行係りをしていたチャック・スミスさん。同じ活動を選んだ他の人たちは係りの人と一緒に視察していて、スミスさんは一人でスケッチをしていたので、少しお話を伺いました。

スミスさんはスタンレー・キングさんのお弟子さんです。大学生の頃、教授だったキングさんに誘われて、後にCo-Designと呼ばれるようになったこのワークショップ方式の手伝いをするようになりました。それ以来、今に至るまで30年の長きに渡ってキングさんと一緒に活動を続けています。他にも30年一緒に働いているメンバーたちがいるそうです。蛇足ですが、スミスさんの筆跡はキングさんのそれにそっくりです。他の4人のメンバーたちの筆跡も、区別がつかないほどよく似ています。

Co-Design Groupはフルタイムの会社ではないので、皆それぞれ日頃は別の仕事をしています。スミスさんは普段はアルバータ州のカルガリー市にある自分の会社で建築士として働いています。日頃からたくさんスケッチをするというスミスさんは、自分のスタッフにも手描きでする作業の大切さを教えているそうです。若いスタッフは何でもコンピューターでやろうとするそうですが、顧客は手描きのイラスト画のほうを喜んでくれるそうです。コンピューター・グラフィックのイラストだと「なんでこんなもの」という顔をされ、作り直しを要求されることもあるそうです。

尊敬する師であるキングさんが開発したコー・デザインというこの方法は、とても有効だとスミスさんはおっしゃいます。「とても意義のある仕事です。人は皆、自分の声を聞いて欲しいのです。一方的な押し付けからは対立しか生まれません。自分もいつかキングさんのようになりたいし、コー・デザイン方式を次の世代にも伝えたいと思います。とても楽しい仕事です。」

3-8. 作画

部屋に戻ると、椅子が5つのグループに分けられていました。人々がそれぞれの場所に落ち着くと、次のステップである作画が始まりました。スミスさんの周りに集まって、係りの人がメモをもとに最初の活動を提案します。この段階の鉄則は、「まず人から描くこと」だそうです。(そうしない場合はキングさんに見つからないようにこっそりとする、というルールもあるそうですが。)これは、「自分が何かをしている、感じている」というのが人の感覚の基本だからです。自分の五感を大切にする、というのはワークショップ全体を通して強調されることであり、作画用紙の左上にもそれを解説した図が印刷されていました。

私たちは全部で4つのイラストを描きました。実際に描いたのはスミスさんですが、スミスさんを手足のように使うのは参加者です。「こんな感じですか?こんなふうですか?」と細かく何度も詳細を尋ねられ、参加者が自分の心の中の映像をアーティストに視覚化してもらうのです。出来上がった絵に対しては、自分でペンを握っていないにも関わらず自分で描いたような感覚が生まれました。

最初のイラストは「テーブルでコーヒーを飲んでいる」というものです。椅子に座った人物を描いたあと、スミスさんは「どんなテーブルですか?」と尋ねました。出てきた答えを描き込んだあとは、「周りに誰かいますか?周囲には何がありますか?その向こうには何がありますか?何が聞こえますか?」という調子で尋ねながら描きつづけます。花の咲く木の下にいる、鳥の巣箱がある、という私の思いつきもイラストの一部になりました。いろんな活動の様子が目の前でみるみるうちに絵になっていくのは感動的です。線画のあとはカラーペンを使って色もつけていくので、ますますリアルな感覚がありました。

他の3つのイラストは、「ヨガをしている」、「ジョギングをして中庭に入ってくる」、「彫刻ガーデンを散策している」というものです。いずれも白い紙の真ん中でぽつんと何かをしていた人の周りにどんどん世界ができていきました。スミスさんはスケッチをもとに素早く描いていきます。一口に「彫刻ガーデン」と言っても人によって想像しているものは全然違ったりするので、アーティストが的確な質問を繰り返しながら曖昧模糊としたものを明確な形にしていくことによって、参加者は自分の心の存在をはっきりと肯定されたという満足感を得るようでした。

係りの人は、既に出されていたアイディアのリストを見ながら、抜け落ちがないかどうかをチェックします。発言がポジティブを維持し、活発で滑らかな議論が進むようにするのも係りの人の仕事であるようです。


3-9. タイトルと説明書き

絵ができあがると、それぞれにタイトルをつけました。タイトルには必ず動詞を入れるのが決まりだそうです。さらに、後の評価のためにイラストの要点に細かい説明を入れました。次に、絵の横の別紙に要点を列挙し、最後のその絵を描くのに参加した全員の名前を記入しました。夕方までのワークショップだったので都合で途中で帰った人たちもいましたが、その人たちの発言も絵の一部になったので名前が記載されました。

作画の作業は丸々3時間続きましたが、終始とても楽しい雰囲気に包まれました。笑い声が絶えず、中には突然歌いだした人もいました。最後のほうには参加者が色塗りに加わっていたグループもあったし、3時間でも足りずに熱心に議論とイラスト描きを続けるグループもありました。通りがかって飛び入り参加する学生たちもいました。大学の係りの人の一人は、これからもこのワークショップを大学内の他のプロジェクトにも使いたい、という感想を語ってくださいました。


3-10.展示・評価・閉会

イラスト画は、全部で15枚ほどできました。ずらりと並んだ様子を見ると、満足感があります。それぞれのイラストの横には評価表が作られました。評価は3段階になっていて、「素晴らしい、ぜひ実行しよう」、「いいアイディアだけれど、もっと工夫が必要」、「いいアイディアだけれど、もっと他に向いている」というふうに分かれています。これは、一般的には「良い」、「まあまあ」、「悪い」というふうに表現されるようなものですが、こういうところにも他者の意見を尊重する姿勢が現れているなと思います。今回のワークショップに参加した人々が、みんな評価にも参加しました。キングさん、アーティストの人たち、カメラマン、係りの人たち、飛び入りの人たち、、、みんなです。

閉会の挨拶は、なんとなくざわついた中でなんとなく皆の注目を求めて、手短に行われました。天気の良い週末に丸一日を費やしてデザインつくりに貢献してくれたことに対する、感謝の言葉が主な内容でした。人々は開会前と同じように方々で集まって、アーティストや関係者と熱心に話し込んだりしていました。いつまでも絵に色を加え続ける人たちもいます。受容と肯定がもたらす熱意を実感した一日でした。

4-1. 一般展示・評価

ワークショップの翌週には、ブチャナン・ビル群の別の建物でイラスト画の一般展示と評価が行われました(4月22日水曜日から24日金曜日まで)。会場はワークショップが開かれた建物よりも人通りの多い建物が選ばれました。イラスト画が並べられ、ペンが用意されて、通りがかった人たちが一人一回投票できるようになっています。「気が付いたことを何でも書いてください」と書いた大きな紙もあり、ここでは自由に意見を表明できるようになっていました。また、評価や意見は無記名なので、誰であるのかを知るためのアンケート表もありました(学生、教職員、その他、などから選ぶ)。私は水曜日に行ってみましたが、数人の人たちが熱心にイラスト画を検討して意見を書き込む様子を見ることができました。


4-2.ワークショップの感想

こうして様々な人の声を集めることで、デザインをする人たちと将来的な利用者の間に信頼関係が生まれます。もちろん、様々に実際的な制約があるので、集まったアイディアがすべてそのまま実現されるわけではありません。キングさんが以前お話ししてくださったところでは、デザイナーが机上でデザインをするときは、デザインのためのデザインに陥りがちなのだそうです。本来は利用者のために作っているはずなのに、いつのまにか利用者の姿が忘れられてしまうのです。このようなワークショップをすることによるデザイナーにとっての利益は、民意を形にしたものを作ることで、本来の方向性を見失わずにデザインできるという点にあるそうです。

利用者にとっては、開発計画にありがちな「一方的な押し付けとそれに対する反対運動」という図式を避け、全体のために共同して何かを作る、という意識を培うことができるのが大きな利点と言えるでしょう。コー・デザイン方式は、本来は無力な子供たちのストレスを緩和するために考えられました。自分たちの手の届かないところですべてが決まって、環境の激変にさらされる子供たち。彼らが周囲の権力者や大人たちへの不信や断絶感を抱くのは自然なことです。ことの本質は大人であっても変わらないのだと思います。

また、こうしてデザインの最初の段階からデザイナーと直接会って深いコミュニケーションをとることで、完成した場所に対して「ささやかながら自分も一緒に作った」という意識を持つのは想像に難くありません。そのような意識をもった人々は、出来上がった建物や中庭や町並みを大切に扱うでしょう。愛着が沸き、居心地よく感じるのです。Co-Design Groupが関わった開発計画では、住宅地の流動性が低いとういことが指摘されていると聞いたことがあります。極めて流動性の高いカナダですが、居心地がいいので居ついてしまうのだそうです。今回のワークショップを見て、それが納得できる気がしました。

スタンレー・キングさんは85歳になられ、とうの昔に引退なさっているはずなのですが、そのような様子はあまりありません。キングさんご夫妻は、個人的なお友達として私とお付き合いをしてくださっています。私は建築家でもないし、何の専門的な仕事もしていませんが、だからといって見下すこともなく、常に暖かく礼儀正しく、そして誠実に接してくださいます。まっすぐに目を見て私の意見を聞きだそうとしてくださるので、自分が彼らの目にしっかり映っている、聞いてもらっている、と感じるのです。極めて温厚で、人間という生き物の存在と行動について広く深い理解をしていらっしゃるキングさん。奥様ともに日本文化にも深い関心と尊敬を持っていらっしゃいます。

「誰もが自分の存在を認めてほしい。声を聞いてほしい。仲間に入れて欲しい。人間という動物は、プライバシーを欲すると同時に、疎外されたくない。その欲求が満たされないと摩擦が生じる」とキングさんはおっしゃいます。また、「子供は周囲の大きな状況を理解する力は未熟だが五感が鋭く、大人になるとそれが鈍る。しかし、それでもそれが非常に大切だ」とも言われます。

キングさんとCo-Design Groupは、開発計画が住民との衝突で暗礁に乗り上げたときに調停役として駆り出されることが多いのだそうです。私はある公民館のメンバーですが、そこでは頻繁に何やかやの反対運動の署名を求められます。一方的に押し付けられると反発するのが人間であるようです。Co-Design Groupは、人々の声を十分に聞かなかったことの結果である否定的な抵抗運動を反転して、肯定的で創造的で協同的な土壌を作る役割を果たしているのです。なお、Co-Design Groupはカルガリー市での活動が多いそうです。これは、カルガリー市の政府に一般市民の声を聞くことに対して理解のある方がいらっしゃるからだそうです。


5.ある在学生の声

ワークショップに参加した在学生の一人にお話を伺うことができました。人と人との関わりについて学んでいるその方にとって、このワークショップは極めて学ぶところの多いものであったようです。非常に優れた内容である、という評価をしていらっしゃいました。参加者を皆公平に扱い、一人一人の意見を尊重している姿勢は、開発計画に限らずどんな場合でも大切なので、今後自分でも活かしたいそうです。

「タイムラインを使うことで、その場にいる様子を想像できる。業者や清掃員の存在など、いろいろな視点から対象を見ることができる。それが絵としてその場で反映されていくのは感動的だ。視覚化することで他の人たちとイメージを共有できるのも素晴らしい。アイディアをテーマごとにグループ分けしたのも効果的だった。」

一方で、ワークショップそのものに対してではありませんが、開発計画に対する疑問もありました。これはワークショップの位置づけに対する疑問でもあるので、まとめてみようと思います。

「ワークショップのはじめに詳しく改装プロジェクト自体の説明をすべきだった。

今は景気の後退により学生への必要なサービスも削減されている状態である。自分の所属する学部では、専属の図書館員が学期の途中に解雇された。教師陣も削減されている。そのほかにも予算が減らされて迷惑している事柄がいくつもある。ある大学関係者から聴いたところでは、このプロジェクトはUBCの経営陣が数十年前から優先順位をつけて作っている一連の改装計画のひとつであるそうだが、現状に合わせて毎年見直す必要があるのはないか。中庭の現状が改装を必要としていることは否定しないが、大きなゴミ捨て場のようになっている現状を何とかするためにゴミ箱を移動する、水はけを良くする基礎工事をする、芝生の植え替えをする、など、もっと簡単で低予算の改装で十分ではないのか。

なぜ今、この大掛かりな改装をするのか。学生が望んでいるのは美しい中庭よりも前に十分に勉強できる環境である。この改装を本当に望んでいるのは誰なのか。ワークショップが開かれた4月18日は、すでに学期が終わったあとである。学部の学生はほとんどいない時期にこういうワークショップを開いたのであれば、これが学生の希望とは思えない。実際に中庭を使うことになるのはほとんどが学部生だが、彼らの意見は十分に聞いたのか。自分は知人を通して偶然にこのワークショップのことを知ったが、学部生やほかの在学生に対して十分な宣伝はしたのか。

また、ワークショップは現地を視察しないで始まったが、これは参加者がすでに中庭の様子を知っているということを前提としてあるからだと思う。つまり学部関係者ばかりであることを想定していたのだろうが、そうであれば学期内に行わなかったことはここでも矛盾している。関係者および一般市民が対象だったのであれば、タイムラインの前に現地を見せるべきだった。

ワークショップは非常に優れた内容であった。指導したプロの人たちへの謝礼や、準備のための費用や労力など、総合的なコストは小さくはないはずである。そうであればこそ、学校が休みに入った時期に行われたこと、学部生の参加が少なかったことなど、もったいなかったという感想が強い。時期を選んでいればもっと生きたものになっていたはずである。

中庭の完成は来年の6月だというが、学生のいなくなった4月半ば過ぎにひっそりとワークショップを開いてアイディアを集め、14ヵ月後には完成しているという計画は、何をそんなに無理して急ぐのか、どういう理由があるのか、という疑問を抱かせずにはおれない。結論として、今この時期に中庭の大掛かりな改装を強行するという決定、その前提そのものに問題があるという感が否めない。」


6.資料

スタンレー・キングさんとCo-Design Groupに授与された賞など。
*「カルガリー・メモリアル・ドライブ」に対して、カナダ造園学会から全国名誉賞。2006年。
*「バウ・バレー・コンセプト計画」に対して、カナダコミュニティー計画委員会から優秀賞。2001年。
*他、多数。

詳細はウェブページを参照してください。
http://www.co-designgroup.com/
by ammolitering7 | 2013-01-23 03:29 | ワークショップ


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